見出し画像

【農業界のスゴい人】「農」の魅力を伝えるジャーナリスト:小谷あゆみさん

農業カルチャーを支える、さまざまな分野のスペシャリストに会いに行くこの企画。3回目となる今回は、日本の農業の現在、奮闘する農家のリアルな声を発信するジャーナリスト・小谷あゆみさんにご登場いただいた。地方テレビ局のアナウンサー時代に農作の楽しさ、大切さを知り、現在も取材のために全国を駆け回る小谷さんの「農」に対する想いをうかがった。

Text・Photo:TSUCHILL編集部


小谷あゆみさんが「伝える人」として農業の現場に出会ったのは、石川県のテレビ局で自らキャスターを務めるニュース番組の取材がきっかけだった。当時住んでいた金沢は、車で20~30分圏内に山や海、川といった自然豊かな風景が広がる街。取材テーマはおのずと、季節ごとに変化する里山や農村の話題に向かっていく。田んぼや畑を訪ねたり、山菜取りの名人に同行して里山の恵みをいただいたり。高知県の山間で育った小谷さんにとっては、どこか懐かしい体験の連続であった。

「農山村の風景の何がすごいって、それを人が創り出しているっていうことなんですね。棚田や段々畑など、里山らしい日本の原風景は、その土地の農家が、何世代にもわたって田畑を手入れしてきたからこそ生まれたものなんです。それに気づいた時、『農家ってすごいなあ』と思うようになりました。食べ物、環境、コミュニティ、あらゆるものを生み出している農業のチカラに惹かれたことが、すべての始まりだったように思います」

県内の棚田オーナー制度に応募して、田植えから稲刈りまでの実体験をレポートしたり、プライベートでも市民農園を借りて野菜を育てたりと、小谷さんの農業とのかかわりは、日に日に濃密なものとなっていった。

2003年にフリーアナウンサーに転身し、東京に拠点を移してからも、そのかかわりは途絶えなかった。都内で区民農園を借りて始めた野菜作りは、当初趣味の一環ではあったが、次第に小谷さんがジャーナリストとして向き合うべき大きなテーマへと繋がっていく。

「ビルに囲まれて野菜を作るというギャップが面白いなと思って、品川区内の農園を借りたんです。日記代わりに農作業を記録するブログも書いていたんですが、読者の方々から「野菜(ベジタブル)を作るアナウンサー」ということで「ベジアナ」と呼ばれるようになりまして(笑)。今ではそれが肩書きのひとつになっていますね」

そんな小谷さんにとって、大きな転機になったのは、畜産の専門番組のレポーターを務めたことだった。一般の人はなかなか立ち入ることができない畜産の生産現場に入って見たものは、「命」と向き合う生産者の姿。畜産農家の思いをインタビューするなかで小谷さんは、食料を生み出す仕事に対して、さらに考えを深めることになる。

「野菜農家や米農家への取材とはひと味違う仕事でしたが、生産者の話を聞くという意味では同じです。ただ、牛、豚、鶏という生き物を育てる畜産は、農業の中でも、感じる生命の重みが違います。そのうえ、家畜の伝染病予防や衛生管理の観点から、米や野菜のように、農家が直接、消費者に販売することができないんです。

つまり、生産者の顔が見えにくいし、畜産の現場で何が起こっているかわかりにくい。でも、実際にはそこにさまざまな物語があります。これはできるだけ多くの消費者に伝えなくてはと。生産者と消費者をつなぐ“橋渡し役”になるのが、わたしの使命だと思うようになりました」

現在、ブログやSNSはもちろん、農業関連の新聞、雑誌、ネットメディアなどにも寄稿しつつ、積極的な情報発信を続けている小谷さんだが、自身の職業については“農業ジャーナリスト”ではなく、“農ジャーナリスト”と称している。

「農業には、産業というビジネスの側面と、自分たちが食べるための自給的な側面があります。さらに土地を耕し続けるという意味では、農村地域の存続や環境保全、水の確保、山崩れを防ぐ防災機能の整備など、さまざまな価値や機能も兼ね備えています。とても多角的なんです。

最近では農村に住む人が減る一方で、移住や二拠点生活など、ライフスタイルとしての新しい『農』の価値も注目されていますよね。『産業としての農業』だけでなく、もっと幅広い視点で『農』そのものが持つ価値や物語を伝えたいという思いから、“農ジャーナリスト”と名乗っています」

農業というテーマを中心に据えながら、その影響の広がりを追いかける。食の安全、働き方改革、趣味の充実、コミュニティの活性化……。人々のよりよい日常のためにも、伝えたいことはたくさんある。

農ジャーナリストとして手掛けた仕事の中で、強く印象に残っているものを挙げてもらうと、「世界農業遺産のレポートです」という答えが返ってきた。世界農業遺産とは、各国に点在する独自性のある伝統農法とその周辺文化、景観などを、残すべき「遺産」として国連機関が認定するもの。

世界26カ国86地域、日本国内では15地域が認定されている(2024年2月・本稿執筆時点)。農法そのものだけでなく、それがあることで育まれ、愛されてきた文化や風景も含めて評価される点は、小谷さんの「農」への思いとシンクロする。

「能登の里山里海や、徳島にある山の傾斜地を畑にする伝統農法で生み出された農業遺産に触れると、景観の美しさはもちろん、その土地を耕し、維持してきた人々のふるさとへの愛着や慈しみ、エネルギーに圧倒されます。「世界農業遺産」を知ることで、日本人ってすごい、日本の農村ってすごいんだと、多くの人に感じてもらいたいと思っています」

一方で、自身が土と戯れ、農作物を育てる喜びを実体験することも続けている。ジャーナリスト活動の傍ら、JA世田谷目黒が運営する体験農園の「畑のちから 菜園部長」として野菜作りを楽しみ、その経験をSNSなどで発信している。

地方局のアナウンサー時代に養った幅広い視点と軽快なフットワークを活かしつつ、畑で土にまみれながら、農業の中にある楽しさや感動、やりがいを伝え続けている小谷さんは、自身が発信する情報をきっかけに、農作業を実体験する人々が増えることを期待してやまない。

「私がこれからもっと社会に広めたいと感じている『農』のおもしろさや可能性は、農作業そのものの体験の中にあります。一連の作業の中にある楽しさ、心地よさを知ってほしいんです。農園で命が芽生え、成長していく過程を目の当たりにすることで、エネルギーや生命力を感じ、大きな喜びを得られるはずです。私自身、畑にいる時間、『農』のある空間そのものが、心と体の癒やしになっています。この感覚を多くの人と共有したいですね。

そして、プロの農家から、家庭菜園や趣味の園芸を楽しむ人まで、『農』に関わる人々を、もっとリンクさせていきたいと思っているんです。『プロ』と『アマチュア』の間に明確な線を引くのではなく、グラデーションで緩やかにつなげていくイメージですね。

農家ではなくても、たとえ都市に暮らしていても、時々土に触れたり、畑に遊びに行くことはできます。そうやって日常に『農ライフ』を取り入れる人が増えれば、農業への理解が進むのはもちろん、野菜や食べ物への目利きも増えるし、リテラシーも高まるはずです。私が発信する情報を通じて『やってみたい』『もっと知りたい』という人が増え、今以上に農業全体がリスペクトされるような環境に繋がればいいなと思っています」



みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!