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【農業界のスゴい人】「音」と「農」のエンターテイナー : ノリ・ダ・ファンキーシビレサスさん

世代を問わず愛されている名古屋在住のヒップホップグループnobodyknows+のメンバー、ノリ・ダ・ファンキーシビレサスさん(以下、ノリさん)は、時にマイクをシャベルに持ち替え、音楽と農業の“現場”を行き来する。農業に関する情報や体験を提供するファーマーズブランド「norida GARDEN」を立ち上げ、岐阜県可児市と愛知県長久手市で農園を運営するノリさんは、音楽と農業で生計を立てる珍しいスタイルの兼業農家だ。

Text:Nobuhiko Mabuchi/Photo:GUIDANCE SHOT


「最初はnobodyknows+の活動と並行して八百屋をはじめたんですよ。でも、野菜のことをまったく知らなかったから、勉強も兼ねて週3日くらいのペースで契約農家さんの畑に足を運ぶようになったんです。

そしたら徐々に、売るよりも育てるほうが楽しくなっちゃって(笑)。本格的に農業をはじめたのは、2008年頃ですかね」

ノリさんが農業をはじめた理由は「自然と向き合っているほうが、日常が豊かになるし楽しいから」と、シンプルかつ本質的だ。自然が相手なので思い通りにいかないことばかりだが「そこも面白がるようにしている」と、ポジティブに農業と向き合っている。


音楽活動と農業生産、二足の草鞋を履いているが、ノリさんが畑に入るのは週1回程度。農業で生計を立てるのが難しいから他にも仕事をして収入を得るといったひと昔前の兼業農家のイメージとは異なり、「どちらも楽しいからやる」というカジュアルなスタンスだ。

「農業は意外と気軽に楽しめるってことが、もっと伝わるといいですよね。そうしたら、よりたくさんの人に目を向けてもらえる気がします」

ノリさんは生産者として作物を育てるだけでなく、農的関係人口の創出や農型社会のきっかけづくりにも取り組む。愛知県長久手市にあるnorida GARDENの畑を体験農園にし、初心者でも“土いじり”が楽しめる場所をプロデュースしているのもその活動の一環だ。

norida GARDENが提供する体験農園は、ノリさんが土づくりや畝立てを代行してくれるから、利用者は種や苗を植えるところからカジュアルにスタートできる。

「農業をやろう」というよりも「土いじりを楽しもう」という気軽さが、そこにある。

利用者からは「手間がかかる野菜とラクに育つ野菜で、こんなに労力が違うとは思わなかった」「食品ロスを減らすこと、無駄なく消費することの大切さを考えるようになった」「子どものためにと思ってはじめたけど、大人の方が楽しんでいる」といった感想が寄せられているそうだ。

また、norida GARDENの体験農園には、経験豊富なプロがアドバイザーとして常駐している点も魅力のひとつ。土地にあった品種の選び方や、農作業のノウハウはもちろん、流通や加工に関する知見も得ることができる。

農業を広い視野で捉えて提案するノリさんのサービスは評判を呼び、問い合わせが殺到。「必要な農地の確保が追い付かない」と、嬉しい悲鳴をあげる。

「体験農園を通して土や苗に触れると、野菜をはじめとしたあらゆる食べ物の存在が今まで以上に身近に感じられるはずなんです」

自分で植え付けた苗をできる範囲で管理し、収穫するという一連の作業を体験すれば、「食」に関連するあらゆる事象に当事者意識を持つことができ、心のゆとりが生まれ、生活が豊かになる……というのがノリさんの考え方。

「もっと言えば、災害などで物流が止まっても各家庭で収穫した野菜が食べられるし、買い占めや便乗商売もなくなるんじゃないかなと…。夢のような話かもしれないけど、そういう世の中になっていくことが僕の理想です」


ノリさんの活動をひと言で説明するならば「農業の魅力を伝え、農業に関わる人を増やしていくことに尽力する伝道者」。何気ない会話の中で飛び出す、こんなコメントからもその心意気は伝わってくる。

「自然が相手なので、大変なことはたくさんありますが、それでも農業は楽しいんです。野菜は健気でかわいいし、自分で育てた野菜を食べることは、他では得られない喜びです。体験農園をきっかけに週末農家が増えたら、やがて僕たちのような兼業農家も増えていくんじゃないかと思うんです」

都心のみならず郊外にも巨大な建築物がそびえ立ち、自然は減少の一途を辿る昨今、土いじりをする機会は非日常になっている。

字面だけを追えば、ネガティブな未来や不安が頭をもたげるが「視点を変えれば “非日常=土いじり” をアウトドアレジャーとして育てることもできるはずだし、農業はそれだけのエンタテインメント性を併せ持っている」とノリさんは考えている。

「極端な話ですが、僕のような兼業農家や農業の魅力を伝える人が増え、日本が国民総農家みたいな状態になったら、もっといい国になるんじゃないかなと思うんです。

農産物はその地域の気候や風土の影響を強く受けるので、必然的に地域性が表れます。たまたま僕が可児の畑でハーブ栽培が上手くいったように、各地域で新たに生まれる農産物もあるわけで。そういった可能性が日本全国にあるところも、農業の面白さだと思っています」

農業と音楽を兼業するノリさんは、非日常と日常の境を行き来しながら、これからも「農」の楽しさを発信していく。